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北アルプス
赤岩岳(2768.9m)、牛首山(2553m)、東沢岳(2497m)~東餓鬼岳(2490m)~清水岳(2245m)

  

【期  日】2018年7月25日(水)ー28日(土)

【メンバー】CL(久曽神 皐浩)、 礒田 武志

【コースタイム】休憩込、CLはこの0.8掛け

07月25日(水) 
上高地BT5:43→7:17徳澤園→8:21横尾→一ノ俣9:18→槍沢ロッジ10:04→10:39ババ平10:51→11:16大曲分岐11:28→13:13水俣乗越13:22→15:02ヒュッテ西岳(泊)

07月26日(木)
ヒュッテ西岳4:18→5:18取りつき→5:35赤岩岳(Ⅲ2768.9m)5:45→取りつき6:00→6:51ビックリ平→7:15貧乏沢入口→7:50大天井ヒュッテ→8:10牛首展望台8:25→砂礫→低ハイマツ/砂礫→激藪9:35(2580mで撤退、コルは2520m、牛首山(2553m))→11:17牛首展望台12:58→12:11大天井ヒュッテ→13:04切通岩→15:39燕山荘(2704m)

07月27日(金) 
燕山荘4:05→4:35燕岳(2762.9m)・朝食→6:33東沢乗越(2253m)6:44→7:33東沢岳(2497m)→ハイマツ薮→9:34東餓鬼岳(Ⅲ2490m)9:50→濃い薮→広い薮・針葉樹尾根→12:05清水岳(2245m)12:19→P2166m→P2283m→15:05有明登山道合流→17:23有明荘(1380m)

【交通機関】
【往路】
07月24日(火)さわやか信州号5805便1号車:バスタ新宿4F(22:25発車)~
07月25日(水)(05:25)上高地バスターミナル
【復路】
07月27日(金)有明荘17:40(安曇野タクシー0263-82-3113)18:20穂高18:27~18:56松本(茅野駅で不審物、中央線運転見合わせ、50分遅れ)20:18~八王子(120分遅れ)解散

【コメント】
07月25日(水)
 上高地BTから横尾までは観光地ハイキングコースでスニーカーで十分。横尾の看板から登山路らしくなる。槍沢ロッジは槍登山中継に利用できる。ババ平キャンプ場は最後の水場だ。槍沢大曲から水俣乗越に登りついて東鎌尾根経由で槍ヶ岳肩ノ小屋や大天井岳に向かってはヒュッテ西岳、大天井ヒュッテへ一般登山道を頑張ることができる。ヒュッテ西岳までは今回の薮山のアプローチ。

07月26日(木)
 ヒュッテ西岳から東鎌尾根を大天井岳に向かって歩む。
 赤岩岳への登り口は目印の小岩峰を探して草付きを登る。草と薮を握って薮コルに登り、大岩(小岩峰)を巻いて薮キレットを抜けると赤岩岳(3等三角点2768.9m)に 着く。小枝・草を掴んで縦走路に下る。少し歩くと道標(→赤岩岳山頂との)がある。
 再び東鎌尾根の一般登山道を進みを大天井ヒュッテ に到着した。大天井ヒュッテから道標に従って牛首山展望台に登る。
 牛首山展望台で休止した後、牛首山に向かう。急斜面の真砂ザレを下るとザレにハイマツが混じるようになり、すぐに腰から身の丈を越すハイマツ薮に変わる。頭を越すハイマツ薮を抜けて腰丈の薮に着いて首を伸ばせば目の下にコル(2520m)と牛首山(2553m)が見える。が、ここでギブアップ。牛首山展望台に登り返し大天井ヒュッテに下る。大天井ヒュッテからはコマクサなどを愛でつつ喜作新道を燕山荘まで歩める。牛首山に登るには大天井ヒュッテをベースにしたらどうか。

07月27日(金)
 行動時間に余裕をと早出して北燕岳付近で朝食弁当をを口に入れた。テント場と赤テープが下がる薮を見て東に曲り樹林の中を下る。東沢乗越に降りつけば木陰で一休みできる。東沢岳への登り道も明るい樹林帯にありニッコウキスゲの群落なども見ることができた。立山方向や餓鬼岳への尾根を見通せるようになるとハイマツ帯に変わり東沢岳山頂の「餓鬼岳へ」道標がある。

 東沢岳~東餓鬼岳~清水岳~有明山裏参道合流点まで登山路はない。東沢岳から南東に尾根を進む。まずは低いハイマツがザレに混じる。下るにつれハイマツが高く薮が濃くなる。東餓鬼岳までのアップダウンにはさらに深い薮がある。ハイマツ薮の中に立つシラベの周りの隙間を選んで格闘すればよい。薮に立つシラベやカラマツに青テープ巻いてある。見つければすこしは気が休まるだろう。薮が低くなり歩き易くなると東餓鬼岳(3等三角点、2490m) の山頂だ。


 東餓鬼岳山頂直下50mは本当に薮が濃い。抜けて針葉樹林に入ると歩き易くなるが広い尾根下りで分岐が分りにくい。東尾根に注意を払いすぎて手前で尾根を外れて南小尾根に迷い込んだ。CL設定のGPSウェイポイントを確かめつつ清水岳に続く尾根に戻ることができた。 清水岳(2245m)の山頂は針葉樹林の中にあり山名標もない

 清水岳から笹薮・米栂林の中を下る。高いところに赤テープが結んであった。それでも標高2195m南南東に道外れした。西へ巻いてコルに着き赤テープを見つけてほっとした。尾根筋を外れぬように獣道・雨裂・薄い踏み跡を探しては辿る。シラベ林の尾根筋から池塘を見下ろし現在地確認もできる。有明山裏参道合流点までにはまだ長い樹林帯アップダウンがある。


 細い尾根の何ということもないコルに有明山裏参道合流点(有明山中宮社分岐)がある。分岐からは一般参拝道と思い込んでいたらドッコイ大間違いである。延々と続く巻道にはアップダウンが繰り返し現れロープ場や鎖場も数多い。
 巻道が終わってようやく小尾根から「楽々降下に」と期待したが地形図にある通り急降下で、ロープ場がいくつもある。傾斜が緩やか道幅も広がれば有明荘分岐になる。巻道を有明荘に向かう。林から有明山登山口に出ると登山者用駐車場だ。舗装道路を左折すると有明荘に着く。

(記:礒田武志)

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(写真:礒田武志)

7月25日    
7月26日    
         
7月27日    
【記録】
07月25日(水)
 上高地BTのベンチでお握りを食べ、チップトイレ(\100)で小用をたして薄曇りの樹林帯を歩む。何時ものように梓川に出て河童橋をみたら、橋の上に人影がなかった。人生初めての経験だ。橋の上から焼岳と岳沢を習慣通り撮影した。CLと青春時代の思い出を話し合いながら小梨平テント場を通って明神岳を見ながら梓川沿いの道進む。コマドリや鶯などが囀っていた。

 明神に到着するころには快晴になる。徳本峠分岐で目の前を猿が横切ったので見れば河原で猿の群れがグルーミングをしていた。いつもの崖を見上げるとコキンレイイカが咲き、道脇には紫のソバナや白いセンジュガンピが背を伸ばしていた。

 テント村を右手に見て徳沢に着くと、集団登山の生徒達への朝食サービスの列が延び、食器をもった子供たちをかき分けて道を歩まねばならなかった。新村橋を左手に見て、奥又白の池から明神岳のどの峰に登ったのか見あげる。横尾から散歩道が登山路に変わり、梓川も細くなり分れる。屏風の頭を見て谷間に穂高が覗くようになった。一の俣を過ぎて槍沢に入り二の俣で休憩した。異常気象のためとにかく暑い。薮歩き用に上下厚めに装着してきたのが恨まれる。槍沢ロッジに到着した。Sさんに同行して宿泊したことがある。槍肩の小屋まで直行するのが当たり前であった頃の記憶から「ここで?」と思ったのはまだ余力溢れる年齢だったのだろう。ヘリコプター広場に望遠鏡があり樹間から看板通り槍ヶ岳がみえる。思えば55年前に槍から下山して行水した槍見河原はどこに消えたのだろうか?
 細い槍沢の左岸を歩み、何とか槍を右手沢奥に臨んで進んでいると槍沢が一挙に広くなる。地形図の赤沢岩小屋、昔はあったよねと思いつつ登るとババ平に到着した。

 「ふん、ここは岩小屋跡では」と思いながらババ平キャンプ場で休憩した。本日最後の水場になるので水筒を満たし、喉を潤す。腰を上げて猛暑の中、大曲に向かう。左手の槍沢河原にはテントがいくつも設営されていた。

 クルマユリの花を数えつつ槍沢大曲に到着する。若い女性の二人連れが休憩中で、東鎌尾根経由で肩の小屋まで頑張るといい先発した。CLはいつものようにすたすたと登る。追いついたCLと女性の話が聞こえるが礒田はどうにも水飲み休みを何度も取らねば登り続けられなかった。腰を下ろしてカヤクグリの囀りを聞き、沢のニッコウキスゲ群落を賞め、ベニバナイチゴの青い実を数えて休む。
 
 水俣乗越に登りついて一休みした後、2003年以来の東鎌尾根を歩む。左(北)を見れば懐かしい北鎌尾根がある。15年も経ったせいか今日は東鎌尾根の鎖場も岩場も辛かった。こんな記憶はない。若いうち(60代までに)に皆様歩いたらと思う。ただシナノキンバイ、ミソガワソウ、ホソバトリカブトヤやハクサンシャクナゲがまだ残り花を咲かして目がくらむような日差しを和らげてくれて助かった。

 西岳ヒュッテに疲れて到着(当たり前か)。2003年には西岳と赤岩山に即出かける元気が残っていたのに。
 07/26(木)
 ヒュッテ西岳 を薄明に出発した。槍ヶ岳肩ノ小屋の明かり見える。15分たつ頃にはモルゲンロートに染まった槍ヶ岳になった。しかし日の出は5時過ぎ(東京4:24)である。昨日まではアプローチ、本日からが山行の主目標に入る

 東鎌尾根を大天井岳に向かって歩む。今年は久しぶりの「コバイケイソウ開花当たり年」だそうだ。早出朝食を摂りながら白い花穂を楽しんだ。前回往復では巻いてしまい踏み損ねた赤岩岳への登り口を探した。CLのGPSが役立つ。草付きから薮を握って北峰・中峰の薮コルに登り大岩(小岩峰 目印になる)を巻いて薮キレットを抜けると赤岩岳(3等三角点2768.9m)に 着く。槍ヶ岳、穂高連峰、座~鹿島槍と絶好の展望であるがなんせ山頂は狭い。下りに小さなキレットの薮の中を見るとスリングが残っていた。なんでか? 薮・草付きを掴んで赤岩岳から見下ろした縦走路につく。登り口から少し歩くと道標(→赤岩岳山頂との)がある。ここからも稜線を薮越で赤岩岳頂上に辿れるのかもしれない。

 再び東鎌尾根を大天井ヒュッテ に向かって進む。ビックリ平に到着して一休みした。すれ違う人たちも増える。左手に懐かしい貧乏沢入口があり古看板が落ちていた。二三歩登って貧乏沢を覗く。木々に囲まれているのは変わりない。ここをくだっで北鎌沢を登った思い出が目の前をちらついた。大天井ヒュッテから縦走路を登ってきた男性から「まもなく集団登山が来る」と伝えて頂いた。標高2575mにある梯子で溌剌とした大町の高校生男女とすれ違う。一歩きして大天井ヒュッテに到着した。


 大天井ヒュッテから本日第二目的の牛首山へ向かう。牛首山展望台が見えてきた。牛首山展望台には前回(2003年)も登ったがその際「牛首山往復は時間的無理」と説得した思い出がある。今回はここでまず大休止した後、CLプランに従いザックを残してアタックザックで牛首山に向かう。急斜面の真砂ザレを下るとザレにハイマツが混じるようになり、すぐに腰から身の丈を越すハイマツ薮に変わる。下りでさえ行く手を邪魔をし、踏み外すと足を引く。黄色の花粉が舞い上がり眼鏡が曇りザックが染まる。格闘して腰丈の薮に出て首を伸ばせば目前にコル(2520m)と牛首山が見える。礒田は2580mの薮中でストップ、先行のCL(CLは2560mに)から「引き返す」との声がかかった。

 身の丈を越すハイマツ薮を今度はかき分けよじ登り牛首山展望台に帰って大休憩をとった。牛首山展望台の祠脇に残していたザックを担いでこれから進む大天井岳喜作新道を見る。展望を辿れば高瀬ダム湖が目に入った。下りついた赤屋根の大天井ヒュッテのテラスには昼休みを取っている方々がいらしたが集団登山の姿はなかった。

 電光道を登るにつれコマクサが少しづつ増えてきた。大天井岳分岐から振り返ると牛首山展望台から伸びる牛首山尾根が目に入った。牛首山は見分けがつかない。喜作新道も岩場となる。尾根分岐と大天井岳分岐を過ぎて 切通岩に着いた。小さな日影を探して一休みした。燕山荘の方から次々と登山者が来る。道を譲り続ける羽目になった。どうにか岩の上に登り尾根を歩む。為右衛門吊岩を過ぎ樹林にも入った。東に有明山(2000年10月登山)を望む。ゴールの有明荘はあの下にある。燕岳へ道標が現れた。ハイマツと大岩(蛙岩)の尾根になり燕山荘から散歩に来た集団に会う。標高点2682mを過ぎると燕山荘が見えてきた。登山路とロープで区切られた真砂斜面にはコマクサの群落が広がるようになった。CLとはだいぶ遅れたが燕山荘に到着することができた。手足は小さな傷だらけ、両すねには赤痣が広がっていた。

 このシーズンの燕山荘は大盛況で夕食も中高校生のために16時から、30分交替で一般の我々は19時30分開始、19時過ぎから並んで待ったという人たちもいた。
  07/27(金)
 大滝山~蝶ヶ岳~常念岳~大天井岳~燕岳~餓鬼岳までは1974年8月に縦走したと思う。燕山荘から東沢岳までは歩いたはずの記憶がない。餓鬼ノ小屋で管理人から「ヨレヨレになって歩いてきているのが見えたよ」と言われたのだけ今も鮮明に覚えている。

 今日は朝食用の弁当を持って燕山荘を暗いうちに出た。外から食堂を見ると一般客が4時開始の朝食を摂り始めていた。ヘッドランプで道を照らして燕岳方向へ登る。燕岳を横目に山頂分岐から北燕岳へ向かう。薄明の下、雲海の先には富士山と南アルプスなどが見える。明るくなったので平らな場所で朝食となった。弁当のお握りを口に入れる。折しも日の出、穂高・槍のモロゲンロートが美しかった。真砂土と花崗岩の道から高山植物の間の巻道に入る。シュロソウ、バイケイソウ、イブキトラノオ、ヨツバシオガマなど常連に今年も再会できた。振り返れば燕岳山頂に集団がいる。朝食前の中高生だろう。有明山の向こうはまだ雲海がある。北燕岳山頂分岐道標を過ぎて東沢乗越へ向かう。再び白砂青松となった。

 道標に従いテント場と残雪を見て東沢乗越へ下る。下り口の薮には目印の赤テープがある。下るにつれて笹に乗った夜露がズボンをびっしょり濡らす。広葉樹・針葉樹混合樹林帯に入ると倒木が道を塞ぐ箇所があった。樹林の中の東沢乗越に降りついて木陰で一休みする。ここから東沢を辿って中房温泉に下る分岐がある。東沢ルートは台風で荒れているとの古看板がどこかにあったが今はどうなんだろう。

 笹の夜露を避けるためCLは雨用パンツを重ねたが礒田は濡れたままで登ることにした。登り道の両側にはニッコウキスゲ群落が黄金の一日花を連ねていた。笹の夜露も次第に乾き、ズボンも軽くなる。立山方向や餓鬼岳への尾根が展望できるようになるとハイマツ帯に変わり東沢岳山頂の餓鬼岳へ道標を見つけることができた。記憶から失せているがここは昔、通ったはずだ。

 東沢岳から南東に未経験の尾根を進む。登山路はない。まずは低いハイマツがザレに混じる。燕山荘が谷を挟んで見えた。目の先から猿が走り出て先の岩の上に座った後ハイマツ薮に飛び込んで消えた。下るにつれハイマツが高く薮が濃くなる。CLの後を追って薮を抜け、降りて来た薮を振り返る。頭を回して前途を見ると東餓鬼岳までにはまだ一層深い薮がある。CLに続いてハイマツ薮に飛び込む。ハイマツ薮の中に立つシラベの周りに隙間がある。それを選んで格闘すると標高点2429m薮に立つシラベに青テープが巻いてあった。一休みして薮から岩の上に出てホッしたが目の前には深いハイマツ薮が重なっていた。ハイマツ薮を五体で苦闘して登ると今度は薮中のカラマツに青テープ巻いてあった。何分間苦労したのだろうかどうにかCLが待つ東餓鬼岳(3等三角点、2490m) の山頂に到着した。

 東餓鬼岳山頂で10分間休んで清水岳へ続く密薮の前に出た。ゾッとするものの薮尾根に入ったCLの後を追わなければならない。直下50mは本当に薮が濃い。しかもハイマツが薄い場所にはシャクナゲが茂って妨げる。広い薮尾根に下り着いてほんの先の岩を目指して薮をかき分けた。標高2450mの岩上で休憩する。

 針葉樹林に入ると歩き易くなったものの尾根を外れて南尾根に迷い込んだ。CLがロードしていたウエイポイントとの距離増減を頼りに北東へ巻いて清水岳に続く尾根に乗り帰ることができた。 清水岳(2245m)山頂は針葉樹林の中にあり山名標もなく笹薮も密でGPSの標高表示で山頂を確認するしかない。

 清水岳から笹薮・米栂林の中を下る。みれば高いところに新しい赤テープが結んであった。残雪期に登った人がいたのだろう。2195mで南南東に外れ、GPSのウエイポイントを確認したCLが足を止めて西へ向かい無事に境界尾根のコルに着いた。赤テープを見つける。ほっとした。この辺りには松の大木が混じる。踏み跡(獣道)に松葉が降り敷いているのには「どうして松がこんなところに」と不思議に思う。CLに声を懸けられてシラベ林の尾根筋から池塘を見下ろした。踏み跡を辿れば楽に下れると期待したが、まずはコメツガ幼木などの薮があり、長い尾根筋には標高が記された2つのピークのアップダウンがある。細い樹林帯尾根を下り続けて何ということもないコルに到着できた。幹に有明山参道とのポスターがあるからにはここからは有明山裏参道に違いない。左右の爪先・足裏になにか違和感があった。

 分岐からは有明山の参拝道だから楽々の一般登山道下山と思い込んでいた。有明山には2000年秋に小太郎山から登っていたのが記憶の裏つけだった。ところがまず初めの巻道にはロープ場や鎖場があるアップダウンだ。いつまでたっても降下尾根に届かない。先行したCLの姿も声もない。登山路に落ちていたヘルメットにどうにか今の心情を映して小尾根に着いた。
 巻道が終わってようやく「楽々降下に」と期待したが地形図にある通り急降下、ロープを掴んで下らざるを得ない。何度も繰り返して有明荘分岐に着いた。暗めになった巻道を有明山登山口に向かう。林から明るい有明山登山口に飛び出して登山注意看板を足を引きずりつつ見つめた。登山者用駐車場を回り込んで中房温泉へ向かう車道に出る。左折してようやくCLが待つ有明荘前にヨレヨレで到着した。既に最終バスは1時間半前に出てしまっている。体力の衰えを痛感。それにしても速乾軽量・薮耐久・安価な上下はないものか。